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■■■ 一章 やまぬ夜 [ きみのたたかいのうた ]
帰り着いた家で、洗濯物は荒く取り込まれ、山となって床に積み上げてあった。 噛み跡が残るシャツ。床に残された複数の足跡から、カカシが忍犬に頼んだのだと知れた。 その光景に、思わずナルトはしゃがみこんだ。 ほっとしたのが半分、言ってくれれば心配せずに済んだのに、という怒りが半分。ない交ぜになったため息をつく。吐息の音が思いのほか大きく響いた。 「あー……マジあの人ってば性格わりぃー……」 がしがしと頭を掻く。濡れた髪からぽたぽたと雫が垂れた。服もぐっしょり濡れてしまっている。もうこのまま風呂に入ろう、と決めてナルトは立ち上がった。 濡れた服を洗濯機に突っ込み、手早くシャワーを浴びる。 熱い湯を頭から被りながら、風呂場の窓へ視線をやる。 夕立はざあと里を濡らし、立ち去ったようであった。 涼んだ風が窓から流れ込む。 夜に沈んだ山の端から、満月が昇り始めている。 茹でたうどんにだし汁を絡め、ナルトは勢いよく頬張った。カカシの分は帰ってから茹でるつもりで台所に出してある。 「センセーまだかな……」 夕飯がいらないなら連絡してくれればいいのに、とナルトはぶすくれた。 静まり返った家の中に一人いると、余計なことばかり考えてしまう。 熱いシャワーを浴びて頭を切り替えたはずなのに、思考は暗い方向へと流れてゆく。静けさが嫌で点けたテレビの音さえ煩わしい。 カカシはまだ帰らない。 上忍待機所で誰かと話し込んでいるのか、それとも綱手に捕まったのか。 ゆらり。 月がぶれたように思えた。 うどんを啜る手を止めて、ナルトは窓へ身を乗り出した。 泳ぐ雲も月には掛からず、遮るものはない。いつもと変わらぬ夜。 見間違いだったのか、と息をついた刹那、ゆる、と漣にかき乱されたように月が滲んだ。 りぃ、りぃと鳴いていた虫の声が遠い。 里の喧騒が、消えている。 ざあ。あ。 テレビから流れる他愛もない声に、ノイズが混じった。 辺りを呑み込む空気がざらついている。 頭の中で警報が鳴った。 「……何?」 呟いた声が耳に届かない。 耳障りな、────静寂。 気付けば異様な気配がその場に横たわっていた。 冷たさがぞっと背筋を這う。 ナルトは椅子を蹴って立ち上がった。 術だろうか。迂闊だった。唇を噛み締め、神経を研ぎ澄ます。 気配を探ろうにも、絡みつくねっとりとした空気に邪魔をされ、届かない。 ざあ、ざあああああ。 脳内を侵食するかのようなノイズ音が酷くなる。 頭の中で直接鳴らされているような不快感。 ぐるりぐるりと脳みそが撹拌されているようだ。 「ぐ、」 ナルトは小さくうめいた。 「──────」 微かに人の声が聞こえた気がした。 洗面所の方からだ。 咄嗟に迷い、だが乱される意識の端で確かめねばと思った。導かれるようにナルトは洗面所へ向かう。 電気を点けない部屋は暗く、鏡は黒い水面のように凪いでいた。 リビングの明かりが僅かに差し込む部屋の中で、水面がとぷり、と波立つ。 「……誰だ!」 クナイは忍具入れの中、着替えた時に置いたままである。丸腰の手元が心もとない。うかうかと誘い込まれてしまったのだろうか。 ノイズに揺らされる思考を掻き集め、ナルトは鏡を睨みつけた。 深い黒に、円が浮かび上がった。 こがねに輝く環は、忘れようもないもので。 「なんで────」 光が眼を刺し貫き、痛みに咄嗟に両腕で庇う。 ぐらりと歪んだ。 鏡が近い。腕の影からナルトは見た。 たぷり、と揺れた黒がぐわと襲い掛かってくる。 鏡がナルトを飲み込むのか、ナルトが鏡に吸い込まれるのか、ふと。 そして意識は闇に飲み込まれていった。 [ text.htm ] |